ライフオーガナイザーつばめの「片づけ実践日記」

心と空間を最適化して幸せに生きる。私の小さな一歩をお伝えします。

7年前に関東を離れたことについて思うこと

阪神淡路大震災のとき、私は高校2年生で、
関東に住んでいました。

ニュースで大変さはわかりましたが、
関西方面は縁がなく、入るのはニュースの情報だけ。
どこか遠くで起きたことのように捉えていたと思います。


1年後に東京の大学に入ったら
クラスに姫路出身の1歳年上の人がいて
「姫路って、震災の影響は?」と聞いたら
「地震で受験どころでなくなり浪人した」
と言っていて、驚きというか、衝撃でした。


そうか、そういうことなんだ、と。
改めて、重大なことが起きたんだな、と感じたのでした。




東日本大震災のときは、東京のはずれにいました。

4月から愛知への転職が決まっており、
引っ越しシーズンを避け、
少し早めに職場の近くのアパートを引き払って、
荷物は全部愛知の新居に送り、
電車で40分ほどの実家に居候を始めたところでした。

数日後から有休消化、というところで地震が起き、
いったん実家に帰ったら、
電車が運休になり出勤できなくなりました。


親族が福島にいたため、心配をしながらも、
何もできず日々を過ごしました。
母は津波で被害に遭った市の出身で、
私が生まれる前には被災した地区で働いていたこともあり、
心を痛めていました。


電車が動かないので、
挨拶のため会う約束をしていた人たちともほとんど会えず、
息抜きに外に出ても、街中が地震のことばかり話していました。

不安が募る日々でした。


結局そのまま、愛知へ行くことになり、
大変なみんなを置いていくという後ろめたさを感じながら、
関東を発ちました。



愛知に来て、新居で荷解きをし、
昼食を食べるため近所のファーストフード店に行きました。

隣の席では若い女性が二人でおしゃべりをしていました。
会話が耳に入ってきて、
バイトか何かの仕事の話をしているようで、
「地震の影響で荷物が届かなくて大変~」という話が出ました。


地震の話はそれだけでした。


私はその落差に驚きました。
関東では、人と会えば地震と今後の不安な話が必ず出るけど、
こっちでは違うのだ!と。

地震の話を軽~くする、なんて、
その時の関東ではあり得ない雰囲気でしたが、
私はそれにすごく救われたのでした。



私は故郷を離れてとても良かったと思っています。
それは地震とは関係ない理由からです。
でも、あの時期に離れることができたのも、
偶然ですが、
良い要素のひとつだったかもしれない、と今は思います。


実際の被害がほとんどなかった場所にいた私がそう感じる。
姫路出身の同級生はどうだったんだろうか。



あれから7年。
今年は、福島の親族に会いに行きたいです。



▼2013年の墓参り旅行で。陸前高田の一本松。
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